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結果だけではない。本心を上手に話して得られるもの 友人の体験談2

前号に続けて、コミュニケーションの研修を通じて出あった、アメリカ人の知人の体験談を彼女の言葉でご紹介します。

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ダメなものダメと、社会の不正義に声をあげる母を見て育ったものの、自分の身近な人に対してどうやってダメと言えばいいのか、当時の私は知りませんでした。教えてくれる本も手本もありませんでした。

最初の会社ではビルという上司にセクハラを受けました。社内の人に訴えても、皆、ビルはそういう人だからと言うばかりで、助けてくれませんでした。ビルに向かってその話題を持ち出す人は、私も含めて誰もいませんでした。2年間、自分が悪いのか、私が悪いのかと悩み続けて、仕事を辞めました。

次の会社では気難しい上司の期待に応えることができず、つらい体験をしました。何をやっても満足してもらえず、追い詰められていました。会社に信用できる人がいなかったので、悩んだあげく会社のカウンセラーに相談に行きました。一体どうすればいいのかと、必死の思いだったのです。

カウンセラーはとても良いアドバイスをいくつも教えてくれました。良かった、すぐやってみよう、とほっとしたのもつかの間、自分の席に戻って30分もしたころ上司に呼び出されました。カウンセラーから全部聞いたぞ、こんなことを話したそうだなと、私がカウンセラーに伝えた出来事を一つ一つ持ち出され、恐ろしい剣幕で詰め寄られたのです。私は、一言も言えず、じっと黙っていました。打ちのめされた気分でした。

その後いくつもの仕事を経験しましたが、身近な問題を解決する方法は知らないまま、年月が流れました。娘も生まれました。娘が生まれたとき、夫と二人で決めたことがあります。祖父母と両親から受け継いだ家族の価値観を受け継ぐこと。それから、過干渉の親にならないこと。夫も私も大学との仕事が多く、大学関係者から、ひ弱で、注意をされるとすぐに折れ、自分の仕事を完遂できない、レジリエンスがなく、ガラスのように繊細でもろい若者が多くて大問題になっていることをよく聞いていたからです。自分たちの娘は、ガラス細工にしないと決めたのです。

娘が小さい頃、こんなことがありました。ある日学校に行く時間が迫っているのに、娘がぐずってパジャマを制服に着替えようとしないのです。『早く着替えなさい』『いやだ!』というやり取りを繰り返した後、私は言いました。『制服も車に積んで行くわよ。後ろのシートに置くから、学校に着くまでに着替えるのか、パジャマのままで行くのか自分で決めなさい。ただし、後から助けてと言ってもお母さんは、制服を持って行ってあげませんからね』。結局娘は、パジャマの上から制服をかぶって登校しました。

ダイアローグというコミュニケーション法が研修としてまとめられていることを知ったのは、そんなある日のことでした。以来、夫と私はそれを子育てに生かそうと決めて、その理論と方法を実践してきました。

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ダイアローグ研修の説明はこちらからご覧いただけます。