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どんな研修にもフォーカスがある

研修には設計された枠組みがある

ものごとには必ず両面がありますから、どのような研修も四方よしというわけにはいきません。例えば、「今必要なのはプレゼンスキルなので、フィードバック・スキルはいらない」など、この研修ではこれを教えるから、あれは教えないといったフォーカス・エリアの設定が、必然的に行われます。そして選択したエリアを枠で囲って、研修中はおおむねその枠の中で考えることになります。さながら「今日は国語の研修なので、算数は扱いません」と言うようなものです。もちろん、「算数も必要ですよ」程度に触れることはあるでしょうが、基本的に枠の外は対象外になります。だからといって、算数は不要ということではありません。国語も算数も大切だという前提にたって、今は国語に集中しましょうという意味です。

研修には設計された枠組みがある

このように書くとあたりまえの話ですが、案外そうでもありません。人間はどうしても時間がたつと記憶がぼやけていくものです。長時間の研修では、冒頭で聞いた内容を徐々に忘れる一方で、目下の話題のほうがビビッドに感じられます。始めのうちは「今日のフォーカスは国語だ」とわかっていたはずなのに、時間がたつとともに、「待てよ?国語ができても算数ができないと、在庫管理ができないじゃないか。国語なんて、役に立たないじゃないか」と、枠の外に飛び出してしまったりするのです。

成人学習では、枠の内と外が見分けづらい

それに大人向けの学習は、国語と算数ほど違いがはっきりしていないことも多いのです。今日は「わかりやすい話し方」を学ぶ日で、「激怒している顧客に対応する話し方」を学ぶ日ではないはずなのに、両者の違いが分かりにくくて、あれこれ考えているうちに突然、「そんな話し方をしたら、顧客がますます怒るじゃないか。できるわけがない!」という思いがこみ上げてきて、自分で気づかないうちに枠の外に飛び出してしまったりします。これに関してはもちろん研修の運営者―主に講師―にも、研修の枠の中と外、すなわちその研修でできること、できないことを明確に説明する責任があります。

国語か算数。どちらか一つという議論ではない

ただ、どういうわけか日本の受講者に共通する特徴的な反応があります。弊社には論理性や分析的視点にフォーカスを置いた研修と、人の気持ちや人間関係にフォーカスを置いた研修の両方があります。論理性を重んじる研修の場合、枠の外に飛び出して「そんな話し方では人間関係を作れない」と不安をもらす声が出てくるのに対して、気持ちを重視する研修の場合、「そんな話し方をすると論理性の足りない議論になる」という不安はほとんど出てきません。社会学的に、人間関係ベースの社会と呼ばれるゆえんでしょうか。

人間の知的活動にはさまざまな能力が関連しています。論理性だけでは人を動かすことができませんが、人の気持ちに寄り添うだけで論理性が皆無なら、やはり人を動かすことはできません。要は、国語か算数かという二者択一ではなく、どちらもほどほどに必要だということなのです。